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一和とかざりや(京都市北区)

          今宮神社門前の景観を形成している昔ながらの2軒の茶店、一和こと一文字屋和輔とかざりや。一和は平安時代創業と伝わる国内では最も古い和菓子屋とされており、かざりやも江戸時代創業の老舗で共にあぶり餅という厄除け菓子を参拝客相手に提供しています。そのお店2軒が参道を挟んで向かい側で互いに参拝客相手に声掛けをしているので現地を訪れるとどちらにしようか悩むはずです。        ...

今宮神社(京都市北区)

                    今宮神社は西暦5(994)年に都の悪霊退散を祈願するため神輿を造営し御霊会を催したのが起源とされ当初は船岡山にありましたが長保3(1001)年にも疫病が発生したため朝廷が船岡山より現在地へ移し疫神を祀った社などを造営し今宮社と命名しています。4月第2日曜日に催されるやすらい花(やすらい祭り)は桜の花が散り始める時期から疫病が流行り始めたことから花の精を鎮め無病息災を祈...

松屋藤兵衛(京都市北区)

          大徳寺門前にある江戸時代中期創業という老舗で、大徳寺や相国寺など寺社や茶道三千家御用を務めているお店。初代は豊臣秀吉が木下藤吉郎と名乗っていた頃からの古参家臣で関白羽柴秀次の後見人だった但馬出石城主前野長康の子孫。長康は蜂須賀小六の義兄弟で秀吉出世物語には必ず登場する人物ですが、秀次に連座し息子で秀次の家老景定ともども自刃します。そんな長康の子供のひとりが京都松ヶ崎に匿われ連座...

大徳寺(京都市北区)

正和4(1315)年に大燈国師宗峰妙超禅師が開創した臨済宗大徳寺派総本山。応仁の乱で一度荒廃しますが一休さんでお馴染み一休宗純が再興、大きな転機となったのは豊臣秀吉が自らの権威を誇示する目的もあって織田信長の葬儀を大徳寺で営み信長の菩提を弔うために総見院を建立し併せて寺領を寄進したことを契機に武将たちの塔頭建立が相次ぎ隆盛を極めることになります。...

建勲神社(京都市北区)

明治2年に織田信長を讃えるために明治天皇の御下命により創建が決定、明治8年に別格官幣社に列せられ現在の船岡山に社地を賜り明治43年に船岡山山麓から現在の山頂に社殿が移築されています。祀神は織田信長・信忠親子。信長の家臣だった太田牛一が記した『信長公記』(国重要文化財)を所蔵していることでも知られています。...

功運院(京都市北区)

        伊勢菰野藩初代藩主土方雄氏が陸奥窪田藩主だった父雄久の菩提を弔うために開山、等持院で修行中だった雄氏の末弟である三清和尚が開基の臨済宗天竜寺派の寺で等持院の末寺になります。大名家創建の寺らしく江戸時代には伏見城の遺構の書院を移築したと伝わっています。立命館大学衣笠キャンパスのすぐ南側にあり、寺の墓所には現在も土方雄久と妻、そして雄氏の墓があります。紅葉の時期などは寺の敷地に入れると...

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プロフィール

けん

Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。

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