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蔦屋(長崎県平戸市)

          平戸は九州でも西端、それも島と少し辺鄙な地なのですが江戸時代から魚屋の次に和菓子屋が多いというぐらい和菓子文化が発達してきました。その理由として平戸は戦国時代から江戸初期にかけての一時期国際貿易港で南蛮や中国などの文化が入ってきたことと藩主松浦家が茶道の流派(鎮信流)を開いたことも大いに関係あるかと思います。平戸藩主松浦家御用菓子司を務めていたのが蔦屋、文亀2(1502)年創業と九...

めしどころ一楽(長崎県平戸市)

          平戸市役所や国重文の幸橋とは道路を挟んでちょうど前にある一楽は80年以上の歴史のある大衆食堂です。          平戸ちゃんぽん初めて平戸を訪れた時に食べた一楽の平戸ちゃんぽんはこの一種類でした。平戸ちゃんぽんの特徴は基本として森藤製麺所という製麺所が作る唐灰汁を使用した麺を使うそうですが、麺とスープの調和がしっかり取れていて私好み。当時は通信販売も行っていたはずですが、この...

大渡長者の墓(長崎県平戸市)

                  松浦鎮信の墓から隆信の墓へ向かう途中の道沿いに立派な五輪塔が見えてきます。これは大渡長者と奥方の墓と伝わるもので鎌倉時代の作と推定されており、長崎県を代表する石塔のひとつだそうです。大渡長者は元々は貧しい塩売りの商人だったそうですが、後に領主をはるかに凌ぐほどの豪商となったのだそう。その長者にも後継者がおらず平戸松浦家16代勝に娘を嫁がせるとともに膨大な土地も寄進...

松浦隆信の墓(長崎県平戸市)

                  鎮信の父で南蛮貿易を始めるなどし平戸松浦氏隆盛の礎を築いた松浦隆信(道可)の墓は最教寺奥の院よりさらに奥に進んだ場所にあります。車も通れる道路に出るので一瞬戸惑いますが道に沿って少し歩くと案内板があるのでそれを参考に。その案内板の指示通り墓所内を奥に進んでいくとあります。墓石は円形で他ではほとんど見たことの無い形式。隆信の墓のある場所の奥にも松浦家の墓が複数あり...

最教寺 平戸藩主松浦鎮信の墓(長崎県平戸市)

         弘法大師空海が日本に帰国後始めて護摩を焚いた場所にあり西の高野山といわれている最教寺。平戸藩主松浦家の墓所は平戸市内の数箇所に分かれていますが、最教寺には開基でもある初代藩主鎮信(式部卿法印)と正室、殉死した家臣の墓があります。また少し離れている場所には鎮信の父隆信の墓もあります(後日別記事にて)。                           松浦鎮信の墓この墓域から10メ...

幸橋(長崎県平戸市)

                  現在の平戸市役所前にオランダ橋の異名を持つ幸橋という石造単アーチ橋が架かっています。幸橋は30代松浦雄香の命により元禄15(1702)年に建造。架橋技術は和蘭商館建造に携わった豊前なる石工が地元の石工たちに伝授したと伝わり国の重要文化財に指定されています。            大きな地図で見る★当ブログのまとめサイトなどへの無断転載・使用は一切固く禁止しております。にほ...

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けん

Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。

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