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豊国神社(京都市東山区)

         秀吉死後の慶長4(1599)年に創建されますが、大坂の陣後に家康の意向により神社は廃絶せしめられ以後明治13(1880)年に方広寺大仏殿跡地に再建されるまで荒廃した状態が続きました。        唐門(国宝)本殿正面に立つ四脚門で南禅寺金地院から移築されたものですが元は伏見城の遺構のひとつ。普請道楽の秀吉らしい豪華絢爛な造りです。           方広寺梵鐘(国重要文化財)豊国神社は方...

耳塚(京都市東山区)

                  豊国神社の近くにある巨大な五輪塔は秀吉の朝鮮出兵時に日本の将兵が敵の首の代わりに削いで塩漬けなどにした約2万とも言われる朝鮮などの人々の鼻や耳が供養のため葬られた供養塔で国の史跡指定を受けています。一説には秀吉が総撫で斬り令(皆殺し)を出したため戦闘員である朝鮮・明兵だけでなく非戦闘員である女性・老人・子供なども被害に遭ったとされます。江戸時代には塚周辺に茶店や占い...

本能寺(京都市中京区)

          言うまでもない本能寺の変の舞台である法華宗本門流の大本山寺院ですがその当時は現在地ではなく、応永22(1415)年に日隆によって創建された時は油小路高辻と五条坊門の間にあり本応寺という名でした。その後何度かの移転を経て本能寺の変時は四条西洞院にあり焼失、秀吉の時代に現在地へ移転しています。...

祇園ない藤(京都市東山区)

         明治8年に初代が木材と織物の商いを始めその残りの材料で下駄を作ったのが始まりで、明治30年には北野の紙屋川近くで履物屋を開業、その後支店のあった現在地に移っています。 虫籠窓やうだつのある建物は京都市歴史的意匠建造物。当主の内藤家は丹波守護代だった内藤備前守正之の末裔で、高山右近とともにマニラに追放されたキリシタン武将内藤如安も一族になります。建物2階の虫籠窓の間や雨戸には内藤氏の家...

松屋常盤(京都市中京区)

          京都御所の南側で現在も商いをしている承応年間(1652~54)創業の老舗で、御所御用だった証である白い暖簾に御用菓子司らしく山城(山城大掾の官位)の旧国名が記されています。代々一子相伝で作られており現当主で16代目。...

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プロフィール

けん

Author:けん
戦国武将にまつわる史跡と味のある建築探訪をテーマに暇を見つけては各地を彷徨っている40代前半の会社員(オッサン)です。ノスタルジックなもの・ローカル色強いものを好む習性があります。 


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